厚生労働省健康局健康課地域保健室(令和4年4月25 日)より、地方衛生研究所におけるパンデミック時を想定した検査訓練の実施に係る財政支援についての事務連絡があった。東京都健康安全研究センター(健安研)においては、毎年、内部精度管理の実施や外部精度管理への参加を通じて、検査精度の保証の担保に努めてきた。しかしながら、感染症に係る大がかりな実践的な検査訓練についてはほぼ実施してこなかった。病原体検査に係るスキルや実務経験なくして健康危機管理発生時の迅速な検査の実施や保健所・本庁等との迅速な情報共有にはつながらないため、実践的な検査訓練等による若手職員のスキルアップを行う機会が必要であった。このため、健安研においては本制度を利用し、令和4年度の地域保健医療等推進事業( 疾病予防対策事業費等補助金)の実施計画書等を提出し、病原体検査訓練を実施したので、その概要を報告する。
病原体検査訓練については、厚生労働省の地域保健医療推進事業では1 日で終了するものと
しているが、病原体検査そのものについては1日で完結するものは少ない。そのため、事前に
実際の病原体検査実施期間(約2 週間)を設け、その期間に想定される検査や解析を行い、
それらの結果を用いた図上訓練を1 日(実際には半日程度で実施)で実施することとした。
今回実施の検査訓練のシナリオは、老人介護施設内で、呼吸器症状と下痢を主徴とする集団
感染事例が報告され、それに伴い、健安研、保健所と本庁で事例の解決に向けて積極的疫学調
査を実施していく流れとした。しかしながら、保健所および本庁との事前調整を行う時間的猶
予がなかったため、本庁については当センターの企画調整部健康危機管理情報課事業推進担当
の職員(2 名)、保健所については、同部疫学情報担当の職員(2 名)が担当することとし、検査部門は微生物部ウイルス研究科職員(8 名)が担当することとした。
ウイルス研究科職員については、8 名が参加し、検査シナリオに準じて2グループで同様の
作業を行った。
老人介護施設(資料1)で、呼吸器系と消化器系の感染症を疑う事例が発生した想定で実施
訓練を行った。
まず、訓練に参加しない職員がサンプルA とサンプルB を調製した(資料2)。サンプルAは呼吸器疾患のサンプル(鼻咽頭拭い液)とし、SARS-CoV-2 RNA とインフルエンザウイルスAH3 亜型のRNA を含んだもの、サンプルBは消化器系疾患のサンプル(糞便)とし、ノロウイルス(GII)を含んだ検体を作製した。
2022 年11 月14 日から11 月22 日の間に、サンプルA とサンプルB について、2 グループ(各グループ4 名)の職員に対し、ビオメリュー社のFilmArray による検査を実施することを事前に指示した。本訓練の主旨としては、病原体不明の疾患に感染した検体を保健所が積極的疫学調査で、健安研に検体を搬送した想定で行った。なお、迅速に広範囲の病原体の核酸増幅検査を実施するために、まず多項目の病原体検査が同時に実施可能なFilmArray の試薬(呼吸器パネルと消化管パネル)を使用することとした。本試薬はウイルス感染症のみならず、細菌感染症の検査も可能な検査法であり、1 検体につき1 時間程度で結果が得られる。
FilmArray 検査終了後に検査実施訓練参加者を招集し、サンプルA からはSARS-CoV-2 とインフルエンザウイルスAH3 亜型の検出を、サンプルB からはノロウイルスの検出を確認した。
検査シナリオ(ステップ1)で検出されたSARS-CoV-2 の変異株スクリーニング検査と次世代シーケンサーによる解析を行う目的で、用意した2つのサンプル(パネルA とB)を配布し、2022 年11 月14 日から11 月30 日の間に、変異株スクリーニング検査と次世代シーケンサーによる解析を指示した。
なお、パネルA については、オミクロン株BA.5 派生型であるBQ1.1、パネルB についてはBA.2 派生型であるXBB のRNA である。検査終了後に職員を招集し、BQ.1.1 とXBBの結果を確認した。
本訓練のシナリオでは、老人介護施設内のSARS-CoV-2 による集団発生であることから、図上訓練ではXBB の集団発生事例とすることとした。系統樹解析を行う設定を加え、新たに8例のXBB のゲノム配列(数塩基の配列が異なるもの)を配布し、系統樹解析の実施を指示した。解析終了後に職員を招集し、系統樹解析結果を確認し、病原体検査実施訓練の終了とした
12 月1 日午後13 時15 分から図上訓練を行った。事前の1 カ月前と前日に検査訓練の趣旨を説明し、全体のシナリオ(資料7)を共有した。また、各担当の待機室は別々の部屋とし、本庁担当は1A 会議室、保健所担当は1B 会議室、研究科は2A 会議室に分けた。シナリオに基づき、本庁より研究科に電話を入れることで、訓練開始の合図とした。
また、全体の進捗状況を管理するため、各部屋にPC 端末を設置し、Web システム(ZOOM)で回線を確保の上、訓練責任者が進捗状況を目で追えるようにした(資料9)。検査成績書の保健所等への送付はFAX やメールでの送付の代わりに、手持ちで送付先へ持って行くこととし、到着後、内線電話により結果の説明等を行う事とした。なお、老人介護施設での検査結果(想定)のリスト一覧は資料10に示し、リストを基に成績書を発行することとした。検査成績書については、所定の成績書に準じて作成することとし、時間短縮のために、ある程度の範囲を訓練責任者で事前に書き込んでおいた。実際の訓練では検査結果を作成する際に、簡単な記載で済み、時間的に進行を妨げることはなかった。
今回の訓練では、病原体検査実施訓練と図訓練に分けて実施した。それぞれについて、振り返ってみたい。
事前に訓練責任者でシナリオを練り、検査シナリオ(資料2)に準じ、2 週間程度の余裕をも
って訓練を行ったが、概ね、初期の期待通りの訓練ができたと思われる。当初の設定(未知の
病原体による集団発生事例)には若干無理があったが、担当者間で事前にディスカッションを行う事で、今回のシナリオに落ち着いた。
SARS-CoV-2 関係では次世代シーケンサーによる検査は必須であるが、病原体検査実施訓練
で、次世代シーケンサーやゲノム解析は短時間で結果が得られないため、2 週間程度の時間的な
猶予は適切であったと思われる。また、2 グループ(各4 名)により進行した点は、グループ内
での相談が可能となり、かつグループ毎に独立して行う点が良いと思われた。
準備の時間が短かった割には、内容の濃い訓練になった。当初は図上訓練も2 グループでの
実施を予定していたが、経験の浅いメンバーが多かったため、1 グループとした。図上訓練のシナリオ作成についても、事務部門等より適切な指摘をもらいながら、直前に完成したものである。シナリオに書き過ぎると、何も考えないと思われがちであるが、詳細に書くことで、いい加減な対応にならず、訓練の密度が高まったものと思われる。
また、訓練中にシナリオにないインシデントも起きた。成績書A、B を本庁と保健所に各々送るべきところを、成績書A、A を本庁、成績書B、B を保健所に送付してしまったが、手際よく対応できていた。また、保健所担当が純粋にSARS-CoV-2 のXBB 株の病原性がわからないとのことで、シナリオにない質問を研究科にしたことにより、現場の緊張感も増した。
また、本訓練は大部屋ではなく、別々の部屋での訓練としたため、全体の動きが分かりにく
い懸念があったが、Web カメラでモニター監視することで、訓練責任者が全体の流れを掴むこ
とができたのは、良かった点であった。
最後に記者レクを模擬的に実施し、研究科職員が専門的な質問に対応する設定としたが、シ
ナリオに沿いつつ、アドリブを適宜入れるなど、上手く対応していた。このような経験はな
かなかできないため、より実践的な図上訓練になったものと思われる。
訓練参加者全員にアンケート調査を行ったところ、建設的な意見が数多く寄せられた。
健康危機管理対応の強化の一環として、健安研の3部門を中心に病原体検査訓練を実施し
た。今までこのような訓練を健安研で実施する機会はほぼなかったが、いつ発生するかわから
ない健康危機管理に係る迅速な検査対応の必要性や人材育成上からも、実施する意義は大きい
と思われた。
〔検査訓練の参加(所属)〕
東京都健康安全研究センター
・微生物部ウイルス研究科
・企画調整部健康危機管理情報課
・企画調整部管理課