研究年報 第76号(2025) 先行公開和文要旨

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論文Ⅰ 感染症等に関する調査研究

都内下水中の定量的新型コロナウイルスモニタリングとヒートマップ評価法の構築

 下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)モニタリングは,2024年度から感染症流行予測調査事業の感染源調査として新たに追加された.東京都では下水処理施設1地点を対象に定量的モニタリング調査を実施・公開しているが,下水検体特有の環境要因やCOVID-19の感染状況の変化等により,精度の高い検査及び疫学的に充分な評価ができているとは言い難い.そこで,今回,我々は,モニタリング手法の高精度化を目的として,リアルタイムPCR法による定量的モニタリング法を構築した.さらに,2024年1月から2025年3月までに都内水再生センター20カ所で採取された流入下水1,278検体を対象に,既報で構築した全自動遺伝子検査装置による半定量的モニタリング法及び,定量的モニタリング法を実施し,ヒートマップ形式による都内流行状況の包括的評価を試みた.その結果,両モニタリング法において,都内定点医療機関あたりの患者数とヒートマップで連動がみられた.さらに,定量的モニタリング法は半定量的モニタリング法と比較し,解像度の高いヒートマップの構築が可能となった.今後,継続的に定量的モニタリングを実施し,都内流行状況の補完データとしてCOVID-19対策に活用していきたい.

下水,新型コロナウイルス,SARS-CoV-2,定量,全自動遺伝子検査装置,ヒートマップ,リアルタイムPCR法

 

東京都内ARIサーベイランスにおけるヒトメタニューモウイルスの検出と
Conventional RT-nested PCR法の構築による遺伝子解析(2025年4月~6月)

 ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus: hMPV)は,呼吸器感染症の原因ウイルスの1つであり,特に小児や高齢者では重症例を引き起こすことがある.2025年4月7日以降,急性呼吸器感染症(ARI)は感染症法上の5類感染症に位置付けられ,病原体定点サーベイランスの対象となり,hMPVもその対象病原体の1つとされた.一方で,hMPVはこれまでサーベイランスの対象とはなっておらず,疫学的知見に関する報告が限られている.本研究では,東京都におけるARIサーベイランス事業の一環としてhMPV検査を実施し,都内の流行状況を調査した.さらに,分子疫学的解析を目的として,NおよびG遺伝子領域を検出するConventional RT-nested PCR法を構築し,遺伝子解析を行った.その結果,2025年4月~6月にARIサーベイランスとして検査を行った679検体中17検体(2.5%)でhMPV陽性となった.遺伝子型別を行った結果,B2が最も多く検出され(13検体,81.3%),次いでA2b2が多くみられた(2検体,12.5%).さらに,遺伝子解析により,都内A2b2株はG遺伝子領域に111塩基の重複配列を有していたことが確認された.系統樹解析では,都内検出株は海外で検出された株との関連が推察され,そのうち都内B2株は大きく2つに分かれたクラスターにそれぞれ属した.

ヒトメタニューモウイルス,hMPV,Conventional RT-nested PCR,系統樹解析,ARIサーベイランス

 

東京都感染症発生動向調査事業における呼吸器ウイルス検出状況(2024年度)

 2024年度,東京都健康安全研究センターに感染症発生動向調査の呼吸器感染症関連で搬入された臨床検体(いわゆるインフルエンザ様疾患)を対象に,病原ウイルスの検索を目的に遺伝子検査を実施した.その結果,インフルエンザウイルスについては,2024年4月は昨年度に引き続きB型(Victoria系統)が主であったが,2024年5月~2025年1月ではAH1pdmが主流となり,AH1pdmの検出数が減少した2025年2月~3月にはAH3亜型とB型の検出が増加した.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,インフルエンザ様疾患の10.4%で検出され,変異株スクリーニング検査により種々の変異株に型別された.また,1検体から複数の病原ウイルスが検出された検体は,548検体中55検体であり(10.0%),その内,インフルエンザウイルスとSARS-CoV-2の同時感染は8検体であった.

インフルエンザウイルス,SARS-CoV-2,感染症発生動向調査事業

   

論文Ⅱ  食品等に関する調査研究

LC-MS/MSによる農産物中フリラゾール分析法

 農産物中のフリラゾール分析法について検討を行った.試料からアセトニトリルで抽出し,グラファイトカーボン/エチレンジアミン-N-プロピルシリル化シリカゲル(GC/PSA)ミニカラムで精製後,LC-MS/MSで測定を行い,絶対検量線法で定量した.3品目の農産物(とうもろこし,未成熟とうもろこし及びテオシント)を対象に残留基準値濃度(0.01 ppm)または定量下限濃度(0.005 ppm)における添加回収試験を行った結果,真度(n=5)は76.5~96.4%,併行精度は5.3~8.5%,定量限界は0.005 mg/kgであった.

フリラゾール,薬害軽減,農産物,とうもろこし,液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計

 

食品中の放射性物質の検査結果(令和4年度~令和6年度)

 平成23年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故を受け,東京都では,平成23年度から都内で流通している食品の放射性物質検査体制を拡充している.令和4年度から令和6年度は,国産食品2,400検体および輸入食品210検体,計2,610検体について放射性セシウムおよび放射性ヨウ素の検査を行った.検査には,ゲルマニウム半導体核種分析装置およびヨウ化ナトリウム(タリウム)シンチレーションスペクトロメータを用いて測定した.その結果,輸入食品のきのこ加工品1検体およびブルーベリー加工品1検体,計2検体から放射性セシウム(Cs-137)が検出されたが,いずれも基準値未満であった.

放射性物質,核種分析,放射性セシウム,ゲルマニウム半導体核種分析装置,ヨウ化ナトリウム(タリウム)シンチレーションスペクトロメータ,食品

 

液体クロマトグラフ‐質量分析計による食品中ステビオシド及びレバウジオシドAのスクリーニング分析法の検討

 甘味料ステビオシド(SS)及びレバウジオシドA(RA)の分析に,アセスルファムカリウム等他の甘味料6種類の検査で用いている液体クロマトグラフ‐質量分析計(LC-MS)による確認分析法の適用を図った.SS及びRAを含め,ワンサイクルでの分析を可能とするため,移動相のグラジェント条件を最適化した.分析条件を変更するにあたり,透析法で得られた透析外液をフィルターろ過のみでLC-MSに注入することとした.令和5~6年に当科に搬入された検体を用いて,本法の性能評価を行った.349品目の食品において,食品由来成分による定性定量への影響は見られなかった.また,過去10年間の検体情報を解析し,搬入数が多い5種類のグループの代表食品について妥当性確認を実施した.いずれの食品においても,各評価パラメーターは妥当性確認ガイドラインの目標値を満たした.16回の検査におけるSSの内部品質管理結果も良好で,本法と従来法の管理基準は同程度であった.以上のことから,本法が種々の食品中SS及びRAのスクリーニング分析法として有用であることが確認できた.また,SS及びRAと他の甘味料6種類を同時分析できる本法を従来法の代替として日常検査に導入することで,甘味料のより効率的な検査の実施が可能なことを示唆した.

ステビオシド,レバウジオシドA,LC-MS,同時分析,妥当性確認,甘味料

  

粉末状の栄養機能食品からの非表示グリチルリチン酸の検出事例

 令和5年に搬入された粉末状栄養機能食品(収去品)から,グリチルリチン酸(GA)0.14 g/kgを検出した.GAは甘味料として利用され,カンゾウ抽出物やナトリウム塩が食品添加物として利用された場合表示義務がある.しかし収去品にはそれらの表示がなく食品衛生法違反となった.収去品は粉末状で,検査の信頼性確保にあたり,次の三点を工夫した.第一に,含有成分の違いが結果に与える影響を最小限にするため,添加回収を収去品で行うこととした.また,収去品に含まれるGAの量を踏まえ,添加濃度を検討した.第二に,GAの量を正確に算出するため,最適な採取量を検討した.妥当性確認では,各パラメーターはガイドラインの基準に適合した.第三にGAとステビア類の同時分析を実施した.収去品にはステビアの表示があるため,GAがステビア類の誤認でないことを示す必要があった.同時分析のデータを示すことで誤認の有無を関係者が一目で確認することができた.このように,既往研究を再度見直し,違反時の結果に対する信頼性確保への工夫点を示すことで,今後の類似事例における検査の実効性の向上に資するべく報告する.

グリチルリチン酸,ステビア抽出物,粉末状栄養機能食品,同時分析,添加回収試験

 

食品中の二酸化硫黄及び亜硫酸塩類試験法に関する検討
-アルカリ滴定法における留意事項について-

 「食品中の食品添加物分析法」に収載されている二酸化硫黄及び亜硫酸塩類(亜硫酸)の分析法のうち,アルカリ滴定法を実際の検査に用いた場合の課題について,留意すべき事項を検証し,改善を図った.通気蒸留装置の加熱装置としてマントルヒーターを用いるとき,亜硫酸を十分に留出するための加熱時間は20分とした.滴定指示薬のメチルレッド・メチレンブルー試液は,滴定時の終点判定の容易さと測定値の正確さから,二つの試薬粉末を直接混合し溶媒で調製した溶液,あるいはそれより低い濃度で調製された市販品を用いることとした.炭酸含有飲料は,炭酸が指示薬の色調に影響することから蒸留時間の設定をあらかじめ強炭酸飲料で検証することとした.アルカリ滴定法を用いた亜硫酸の検査において,検証を行った3点に留意することで,より正確な結果が得られることを示唆した.

二酸化硫黄,亜硫酸塩類,漂白剤,アルカリ滴定法,マントルヒーター,メチルレッド・メチレンブルー試液,炭酸飲料

 

食品中のフェノール系酸化防止剤分析法の検討と性能評価

 我が国で許可されていないフェノール系酸化防止剤である2,4,5-トリヒドロキシブチロフェノン及び2,6-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシメチルフェノールについて,HPLC及びLC-MS/MSの測定条件の検討を行った.前処理法及びHPLC-UV測定は,国から通知されている「食品中の食品添加物分析法」の「ジブチルヒドロキシトルエン,ブチルヒドロキシアニソール及び没食子酸プロピル」の分析法を適用した.HPLC-UV(275 nm)での測定に加え,定性及び定量能向上にはHPLC-FL測定及びLC-MS/MS測定の併用が効果的であることを示した.HPCL-UV及びHPLC-FL測定を用いて,クラッカーとマヨネーズにおける分析法の性能評価を行った.指定添加物3種と指定外添加物であるtert-ブチルヒドロキノンを加えた6種の2濃度(0.02及び0.2 g/kg),2名2併行3日間の添加回収試験を実施した.6種いずれも,2食品における選択性は十分確保でき,真度90.5–103%,併行精度4.8%以下,室内精度6.6%以下であり,妥当性確認ガイドラインの定める目標値に適合した.本検討により,当分析法は日常検査法として有用であることを示した.

酸化防止剤,2,4,5-トリヒドロキシブチロフェノン,2,6-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシメチルフェノール,HPLC-UV,HPLC-FL,LC-MS/MS

 

窒素キャリアガスを用いた大気圧ガスクロマトグラフタンデム型質量分析装置による
畜水産物中残留有機塩素系農薬試験法の妥当性評価

 近年のヘリウムガス供給量不足に対応するため,窒素キャリアガスを用いた大気圧ガスクロマトグラフタンデム型質量分析装置による畜水産物中残留有機塩素系農薬(18化合物)試験法について,妥当性評価試験を行った. 7品目の畜水産物に有機塩素系農薬濃度が基準値となるように標準溶液を添加し,分析者3名が併行数2で2日間の試験を行った.その結果,本法は「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」の目標値に適合し,試験法の妥当性が確認できた.

残留農薬,畜水産物,有機塩素系農薬,妥当性評価試験,大気圧ガスクロマトグラフタンデム型質量分析装置

 

畜水産物中の残留有機塩素系農薬実態調査(令和6年度)

 都民の食の安心・安全を守るため,東京都内に流通している畜水産物中の有機塩素系農薬の残留実態調査を継続的に実施している.令和6年度は,食肉,生乳,鶏卵,魚介類及びその加工品等,畜水産物11種133食品について調査した.食品毎に設定された残留基準値を超えていないか調査し,残留値の変遷について既報と比較した.鶏卵2食品,生乳5食品,カラスガレイ2食品の合計9食品(検出率7%)からは,8種類の有機塩素系農薬(BHC,DDT,エンドリン,クロルデン,ディルドリン,ノナクロル,ヘプタクロル及びヘキサクロロベンゼン)を0.0001–0.019 ppmの範囲で検出した.牛肉,豚肉及び鶏肉からは有機塩素系農薬を検出しなかった.有機塩素系農薬の使用が禁止され長期間が経過した現在においても,鶏や乳牛の飼育環境や魚介類の生息域において,低濃度での残留が続いていることが示唆された.残留濃度のモニタリングや傾向把握のため,今後も継続的な調査が必要である.

 残留農薬,畜水産物,有機塩素系農薬,残留基準値

 

東京都における食品中残留農薬一日摂取量調査(令和5年度)

 令和5年5月から6月に東京都内で購入した食品(95種類301品目)及び10月に採取した水道水を試料としてマーケットバスケット方式を用いて残留農薬の一日摂取量を調査した.結果,I群(米類),VI群(果実類),VII群(緑黄色野菜)及びVIII群(その他の野菜・きのこ・海草類)からジノテフラン,ボスカリド,シアゾファミド等10種の残留農薬が0.001~0.017 ppm検出された.喫食した場合における各農薬の推定一日摂取量(EDI)を算出し,一日摂取許容量(ADI)と比較したところ,EDI/ADI比は0.00094~0.072%であり,ヒトへの健康影響は懸念されるレベルにはないと考えられる.

マーケットバスケット方式,一日摂取量調査,残留農薬,一日摂取許容量(ADI)

 

LC-MS/MSを用いた農薬残留分析における検査部位変更の影響
-メロン,キウィーの妥当性評価及び残留実態調査-

 近年,日本の残留農薬分析の分野では農作物の検査部位の国際標準化が進められ,2019年の厚生労働省通知以降,検査部位の見直しが段階的に行われている.本研究では,QuEChERsを応用した当研究室の従来法が,新たに設定された検査部位にも適用可能かを検証した.都内で流通量の多いメロン及びキウィーを対象に,従来の検査部位である果肉と,新たに設定された全果について,178化合物(異性体及び代謝物を含む)の妥当性評価試験を実施した.その結果,厚生労働省通知による妥当性評価ガイドラインに適合した化合物数は,メロンでは0.01 μg/g添加時に果肉157,全果159,0.1 μg/g添加時に果肉162,全果160だった.キウィーでは,0.01 μg/g添加時に果肉152,全果155,0.1 μg/g添加時には果肉154,全果160だった.各作物での検査部位による大きな差は認められず,従来法は全果にも適用可能であった.さらに,2019年度から2024年度にかけて都内流通のメロン15検体及びキウィー44検体について実態調査を行い,果肉と全果の対象化合物の検出状況を比較した.メロンにおいては果肉からは検出せず,全果で定量下限値以上検出した化合物はダイアジノン(0.03 ppm),イミダクロプリド(0.05 ppm),メタラキシル(0.02 ppm)だった.一方,果肉及び全果の両方から検出した化合物は高い浸透移行性を持つネオニコチノイド系農薬等であった.キウィーにおいては,果肉及び全果のいずれからも定量下限値を超える化合物は検出されなかった.

残留農薬,検査部位,メロン,キウィー,液体クロマトグラフタンデム型質量分析計,妥当性評価,実態調査

 

論文Ⅲ  生体影響に関する調査研究

危険ドラッグ対策事業における幻覚剤のマウス首振り反応による評価法の導入及びその評価事例

 都は平成17年以来,多くの未規制薬物(いわゆる危険ドラッグ)を,その化学構造及び生体影響試験結果による科学的根拠に基づいて規制してきた.当センターでは,生体影響試験として,ICRマウスを用いた行動毒性試験やin vitro試験を行ってきたが,幻覚作用を評価する試験系を有していなかった.本稿では,幻覚剤を評価することを目的に,新たに導入したマウス首振り反応(以下HTRと略す)試験について報告する.HTRは,幻覚剤に応答して頭を高速で振るげっ歯類特有の行動であり,目視による計数が困難であるため,当初はマウスのビデオ撮影動画をスロー再生して計数していた.検査の迅速化を目的に,電磁誘導の原理を用いたマグネトメーター法を導入したところ,99%の精度でビデオ法を再現できたが,依然として解析に多大な時間を要した.そこで,簡易フィルタリング法を検討した結果,半自動的な解析が可能になった.この手法では,検出のエラー率はやや高くなったが,解析時間を大幅に短縮できることから,行政検査を迅速かつ正確に実施する上で有効な手法であると考えられた.令和6年度までに15検体の危険ドラッグをHTR試験によって評価し,規制に貢献することができた.また,近年,違法薬物市場で急増しているLSDのプロドラッグ系薬物について比較検討し,1cP-LSD,1V-LSD及び1T-LSDは,LSDと同様に幻覚性を有するが,作用が弱い(累積HTR数が最大となる用量が10倍程度高い)こと等を明らかにした.

危険ドラッグ,幻覚剤,首振り反応,HTR,LSD,トリプタミン,フェネチルアミン,プロドラッグ,マグネトメーター

 

 

 

 

 

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