研究年報 第63号(2012) 和文要旨

 

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和文要旨
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事業報告

東京都健康安全研究センターにおける福島第一原子力発電所事故対応

-環境放射能測定並びに情報提供の取組-

 平成23年3月11日の東日本大震災によって発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の発生当初から1年間にわたり,健康安全研究センターが行ってきた環境放射能測定並びに都民への的確・迅速な放射能情報提供の取り組みについて報告する.当初,モニタリングポストによる測定データの昼夜・休日を問わない連続監視と国への報告のため,変則2交代勤務体制を組んで対応した.またゲルマニウム半導体検出器担当職員をOJTにより至急増員し,サーベイメータによる地上1 m測定や毎日の検体採取等のためローテーションによって土日休日を含めた出勤体制とした.変則2交代勤務体制はその後モニタリングポストデータのオンライン処理とアラートメールの自動送信システムが構築されるまで,約1ヶ月間継続された.空間放射線量率は事故直後の3月15日から16日にかけて一時的に急上昇し,1分値では最高0.809 μGy/hを記録した.その後3月21日からの降雨によって放射性核種が地上に降下したため,4月半ばまで事故以前の最高値を超える値が続いたが,放射性核種の崩壊に従って暫減している.当センター内蛇口水と毎日の定時降下物では3月21日からの降雨後に特にヨウ素131が上昇したが,5月以後はほぼ不検出となった.事故直後の3月15日から都民への情報提供として,センターホームページで1時間毎の空間線量率や蛇口水等のデータを毎日公表したが,直ちにアクセスが集中して閲覧不可能となった.関係者の協力を得て北陸先端科学技術大学院大学にミラーサイトを設けることができたため,都内の水道水で放射能が検出された3月23日以後は1日に最高150万件ものアクセスを受けたが,問題なく対応できた.ホームページには現在,都内8ヶ所のモニタリングポストデータがリアルタイム表示され,その他の検査データや関係情報等も掲載し,都民に対してタイムリーに環境放射能情報を発信している. 

環境放射能,モニタリングポスト,線量率,核種分析,ゲルマニウム半導体検出器,降下物,蛇口水,放射性ヨウ素,放射性セシウム,ホームページ 

 

新型インフルエンザ出現の迅速探知に関する研究

 東京都健康安全研究センターは,流行発生が懸念されている新型インフルエンザに対応するために,2009年度から2011年度の3ヵ年で重点研究「新型インフルエンザ出現の迅速探知に関する研究」を実施した.

 本研究では,インフルエンザA/H1N1pdm09のヘマグルチニン(HA)遺伝子と,インフルエンザA亜型核蛋白質(NP)遺伝子検出用のリアルタイムPCR法を開発した.NP遺伝子の変異に対応し,検出制度を維持するためにプライマーの修正を行なった.更に,検出されたインフルエンザウイルスAH1N1prm09HA遺伝子の配列について解析を行なった.その結果,検出ウイルスは4クラスターに分類された.

 新たに開発したインフルエンザA/H1N1pdm09検出用のリアルタイムPCR法により、小児科外来からの検査材料についてウイルス検索を行なった。調査期間中に,中枢神経系疾患等の呼吸器疾患以外の患者材料から,インフルエンザウイルス17件(AH1pdm09 : 5 件, AH3 : 4 件, B型 : 8 件)を検出した.

 新たにA/H1N1pdm09亜型のオセルタミビル耐性変異の検出法と,A/H3N2亜型(E119V)およびB型(R152K)変異検出用のreal-time PCR法を開発した.2010-2011シーズンに都内で分離されたA/H1N1pdm09亜型(151株),A/H3N2亜型(75株)およびB型(55株)を調査したところ,A/H1N1pdm09亜型2株にH275Yのアミノ酸変異が認められた.

 感染症情報センター(疫学情報室)では、新型インフルエンザ発生動向の把握や情報発信、また検査結果の返信を迅速かつ効率的に行った。特に、初めて本格稼動した東京都感染症危機管理情報ネットワークシステム(K-net)を使い、関係者間の情報の共有化を図った。

新型インフルエンザ,リアルタイムPCR法,ヘマグルチニン遺伝子,ノイラミニダーゼ遺伝子,核蛋白質遺伝子,系統樹解析

 

食の安全性確保に係わる化学物質に関する研究
 平成21年度から3年間,化学物質に起因する健康被害発生時の対応強化を目的として,重点研究プロジェクトに取り組んだ.本研究は,初動対応システムの構築,原因究明のための分析法開発,検査の信頼性確保に関する8つの個別テーマで構成され,各々以下の成果を挙げた.1) 食品を介した化学物質による健康被害発生時の迅速対応システムとして検査迅速対応マニュアル並びに化学物質や自然毒による食中毒及び苦情検査事例の分析法を中心としたデータベースと検索システムを作成した.2) 食品中の急性毒性の高い農薬及び中毒事例の多い農薬を対象に簡易迅速分析法を作成し,実用性を検証した.3) 食品中のカビ毒について汚染実態調査のための個別分析法並びに健康被害事件対応のための一斉スクリーニング法を開発した.4) 食品及び食品添加物中のメラミン関連化合物の迅速分析法を作成し,器具・容器包装からの溶出実態を明らかにした.5) 多元素同時分析装置を用いた食品中有害性金属類の迅速試験法を作成し,各種食品を用いて分析精度を確認した.6) 超高速LCライブラリーを用いた健康食品中の医薬品成分迅速探索法を構築した.また,新規検出成分の構造解析手法について迅速化を図った.7) 化学物質検査に用いる標準品について品質確保手法を開発した.8) 精度管理に用いる試料の作製方法を検討した.これらの成果は,今後の健康被害への迅速な検査対応へ活用できるものであった.
化学物質,健康被害,迅速対応システム,食中毒,苦情事例,データベース,分析法,農薬,カビ毒,メラミン,有害性金属,健康食品,医薬品,精度管理

 

カーボンナノチューブ等ナノ物質の健康影響に関する調査研究 
 本重点研究は,開発とその応用が急速に進んではいるが,未だ生体への有害性評価が明らかでないナノ物質に対して,分析技術の開発とその開発した技術を用いて生活環境中の実態調査を行い,ナノ物質の存在実態を調べること,また,実験動物や培養細胞を用いてナノ物質の生体に対する有害性情報を集積することで,生活環境中でのナノ物質のリスクを総合的に評価することを目指した先行的調査研究である.

 食品や化粧品に含まれているナノ物質の実態調査と分析法の開発及び環境中(大気,室内,水)に存在するナノ物質の分析法の開発と実態調査,さらにナノ物質の生体への影響を実験動物や培養細胞を用いて検討した.開発した分析法を用いてナノ物質の存在実態を調査したが,現時点では,ナノ物質が生活環境中に多量に存在していることはなかった.一方,ナノ物質の生体影響については, 多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の中皮腫誘発作用や催奇形性などを明らかにした.

ナノ物質,食品,化粧品,大気環境, 室内環境, 水環境, 生体影響, 実験動物, 培養細胞 

 

 総説

水環境中のヒト用医薬品の存在実態及び環境中濃度の予測
 多摩川流域を対象としたヒト用医薬品の河川水中の存在実態と下水処理場における挙動について紹介する.また,医薬品の環境中挙動を予測するための室内実験と欧州医薬品局(EMEA)及び米国医薬品食品局(USFDA)の環境リスクアセスメント(ERA)用ガイドラインの多摩川流域への適用についての検討結果も報告する.多摩川流域の河川水の調査では,調査対象101医薬品のうち41医薬品が処理下水の負荷を受けている河川水から検出されたが,それらの濃度は最高で数μg/Lであった.下水処理場の調査では,医薬品の検出数及び最高検出濃度は,それぞれ流入下水で38及び17μg/L,処理下水で35及び2μg/Lであった.流入下水中の上気道感染症の治療薬の濃度は冬季に著しく増加するが,処理下水中のそれらの濃度は1μg/L未満で,それらの排出量は年間を通じてほぼ一定であることが示唆された.下水処理場におけるカンデサルタン,ロラゼパム,エピナスチン,アマンタジン及びスルピリドの除去率は30%未満で,他の医薬品の除去率に比べて低かった.医薬品の環境中挙動を予測するための室内実験(疎水性,河川水中分解性,塩素反応性及び光分解性)から,多摩川流域の河川水中における医薬品の分解・消失に関し,水中における光分解性が重要な要因であると推察された.EMEA及びFDAのERA用ガイドラインを多摩川流域に適用するためには,それらの初期値をそのまま用いた場合,数種の医薬品の環境中濃度が過少評価され,初期値をフィールドの条件に合わせて設定する必要があった.
医薬品,パーソナルケア製品,水環境,存在実態,予測環境中濃度

 

論文Ⅰ 感染症等に関する研究

動物から分離された Staphylococcus aureusの性状と遺伝学的型別法の検討
 東京都内の健康な動物から分離されたStaphylococcus aureus 54株について薬剤感受性,毒素産生性,multiplex-PCR法によるコアグラーゼ型別およびMLST法による型別を行った.その結果, 54株中2株がMRSAであり,44株(81%)がコアグラーゼⅠ~Ⅶに型別されたが,10株はコアグラーゼ型別ができなかった.54株中9株(17%)は毒素産生株で,MRSA 2株はともにSEC,TSST-1産生株でコアグラーゼⅡ型およびⅢ型であった.MLST型別では,54株中50株(93%)でST型が決まり,各コアグラーゼ型のST型は2~3の型に分かれたが,異なるコアグラーゼ型でST型が同じとなるものは無かった.MRSA2株のうち,コアグラーゼⅡ型はST5型,コアグラーゼⅢ型はST8型となり,ともにヒトのMRSAの主要なST型であったため,ヒト由来の株と推測した.今回の結果から,動物由来のS.aureus感染症発生時には,性状および型別を確認することにより,ある程度その感染源の絞り込みが可能であると考えらえた.
Staphylococcus aureus ,イヌ, ネコ,動物,コアグラーゼ型別 MLST型別

 

レンサ球菌を対象としたリアルタイムPCR検出系の確立

 A群溶血性レンサ球菌として知られているStreptococcus pyogenes は咽頭炎をはじめとする呼吸器系感染症の起因菌であり,飛沫感染が主な感染経路と考えられている。一方,Streptococcus salivarius およびStreptococcus agalactiae もまたレンサ球菌の一種であり,口腔内常在菌として知られている。レンサ球菌を原因とする集団感染の発生リスクを算定するためには,検査材料からの病原体の検出,食品や飲料水をはじめとする生活環境に含まれる同菌種の存在量に関する情報が重要であると考えられる。そこで,これらの3菌種の検出・定量を目的とし、リアルタイムPCR検出系の確立を試みた.

 その結果,どの検出系においても特異的に目的菌種を検出するのみならず,各菌種について幅広いダイナミックレンジ(1試料あたり101から106コピー)で菌数を定量することが可能であった.今後,臨床材料,食品をはじめとする生活環境中の飛沫汚染を調査するツールとして,本検出系の有効性が期待される.

レンサ球菌,口腔内細菌,リアルタイムPCR,飛沫感染

 

 Real-time PCR法を用いたヒトパピローマウイルス6型および11型遺伝子の検出
 尖圭コンジローマは主に生殖器や肛門周囲などに生じる良性の疣贅(イボ)で,主としてヒトパピローマウイルス(HPV)6型や11型を原因とする感染症である.本疾患は感染症法において5類感染症に分類され,発生動向を把握すべき疾患に指定されている.これまで都内の性感染症定点医療機関から搬入された検体について,PCR法によるHPV遺伝子の検出およびシークエンス法による遺伝子型の型別を行ってきたが,今までの方法では型別困難な例が存在していた.そこで,高感度にHPV6型およびHPV11型を検出する目的で,real-time PCR法を用いたHPV6型およびHPV11型遺伝子検出法を開発した.real-time PCR法の検出感度は15 copy/tube で,1.5×109 copy/tube まで定量が可能であり,これまでのPCR法よりも10倍から100倍検出感度が高かった.尖圭コンジローマ部位擦過物等の臨床材料78件について調査したところ,PCR法陰性であった7件からHPV遺伝子が検出され,また,同一検体からHPV6型とHPV11型が検出された検体が4件あった.以上の結果より,今回開発したreal-time PCR法は,高感度かつ迅速なHPV6型およびHPV11型の検出方法として有用であることが示唆された.
 ヒトパピローマウイルス,real-time PCR法,尖圭コンジローマ

 

インフルエンザウイルスにおけるオセルタミビル耐性遺伝子変異の検索(2011/2012シーズン)

 インフルエンザの治療に用いられる抗インフルエンザ薬には,M2イオンチャネル阻害剤(アマンタジン等)とノイラミニダーゼ阻害剤(オセルタミビル等)の二種類があり,国内では経口投与薬であるオセルタミビルが臨床現場においてよく用いられている.抗インフルエンザ薬耐性変異は,A/H1N1およびA/H1N1pdm09亜型インフルエンザウイルスで過去に都内でも認められており,A/H3N2亜型並びにB型ウイルスについても薬剤耐性変異を獲得したウイルスによる流行が懸念されている.

 本研究では,2011/2012シーズンにインフルエンザ定点医療機関より当センターに搬入されたインフルエンザ患者検体から分離されたインフルエンザウイルス株を用いて,ノイラミニダーゼ領域の遺伝子解析を行い,オセルタミビル耐性遺伝子変異を検索した.2011/2012シーズンはA/H3N2,B型の流行であったことから,それぞれ79株,111株について遺伝子検索を行った結果,耐性変異を持ったウイルス株は認められなかった.

インフルエンザウイルス,オセルタミビル耐性変異,One-Step RT PCR,アミノ酸変異,D151V

 

論文Ⅱ 医薬品等に関する調査研究

平成23年度薬物分析調査について 
 平成23年度に行った薬物分析調査の結果を報告する.分析にはフォトダイオードアレイ検出器付液体クロマトグラフィー(LC/PDA)及び電子イオン化質量分析計付ガスクロマトグラフィー(GC/EI-MS)を用い,必要に応じて核磁気共鳴スペクトル測定法(NMR)による構造解析を行った.調査した112製品のうち,110製品から薬物が検出された.検出された薬物は,新規検出薬物23種,麻薬2種,薬事法指定薬物8種,既知薬物6種であった.構造決定の結果,新規薬物は3,4-dimethylmethcathinone,4′-methoxy-N,N-dimethylcathinone,4′-methyl-α-(N,N-dimethylamino)butyrophenone,2-diphenyl-methylpyrrolidine,methoxetamine,pentedrone,pentylone,α-ethylaminobutyrophenone,α-pyrrolidinobutiophenone,α-pyrro-lidinopentiophenone,AM1220,AM1220-azepanindol,AM1248,AM2202,AM2233,AM2233-azepanindol,APICA,APINACA,CB-13,JWH-022,JWH-203,MAM2201,URB597であった.新たに検出された薬物による健康被害の拡大を未然に防ぐためには迅速で正確な構造決定が重要あり、今回得られた結果は今後の規制強化に対して有益な情報になると考えられる. 
違法ドラッグ,3,4-dimethylmethcathinone,methoxetamine,AM1220,AM2233,APICA,APINACA,CB-13,JWH-022 

 

 後発医薬品の品質確保-ジソピラミドカプセル製剤の溶出挙動に関する検討-
 後発医薬品の品質確保対策の一環として,治療濃度域の狭い医薬品であるジソピラミドカプセルについて局外規第三部及び後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドラインに従って溶出試験を実施した.その結果,先発製剤を含む8製剤すべてが公的溶出規格に適合した.また,1製剤を除く後発6製剤については,標準製剤または先発製剤との溶出挙動の類似性が確認された.類似性が認められなかった1製剤については,メーカーが生物学的同等性試験により同等性を担保していることを確認した.

 更に,8製剤のうち2製剤について安定性試験ガイドラインを参考にして保存試験を行った.加速条件による1ヶ月保存後の溶出試験結果からは,経時変化によりカプセル剤皮の崩壊が遅延し,内容成分の溶出が遅くなる様子が観察された.品質試験実施の際は試料の製造日や保存状況に注意する必要があることが分かった.

 後発医薬品,ジソピラミドカプセル,先発製剤,後発製剤,溶出試験,溶出挙動,保存試験,加速条件

 

皮膚感作性試験代替法h-CLATの有用性の検討 
   動物福祉の観点から動物実験に対する見直しが図られてきており,皮膚感作性試験においては動物実験代替法としてヒト細胞株活性化試験(h-CLAT)の開発が進められている.h-CLATはヒト単球由来細胞株THP-1細胞の表面に発現するCD86及びCD54を指標とするin vitro皮膚感作性試験である.in vivo皮膚感作性試験の局所リンパ節増殖法(LLNA)(OECD Test Guideline 429)で陽性が示されている染毛料用色素のHC青2(HB2)及びHC赤1(HR1)についてh-CLATを行い,h-CLATの動物実験代替法としての有用性を検討した.

 まず,THP-1細胞に被験物質を曝露させ24時間培養後,抗ヒトCD86抗体及び抗ヒトCD54抗体で染色した.次に,フローサイトメトリーで測定したCD86及びCD54の発現量から相対蛍光強度(RFI)を算出し,陽性基準を満たすかを調べた.その結果,2種類の染毛料用色素はともに陽性が示され,LLNAの結果と一致した.したがって,h-CLATが動物実験代替法として有用であることが確認された.

 動物実験代替法,h-CLAT,皮膚感作性,染毛料用色素,in vitro,THP-1,CD86,CD54

 

違法ドラッグからの麻薬検出事例
 東京都では,違法ドラッグによる健康被害の発生を未然に防ぐために,流通販売されている製品の薬物分析調査を行っている.薬物の同定に当っては,正確さが重要であり,複数の方法を組み合わせて行う必要がある.分析法としてフォトダイオードアレイ検出器付液体クロマトグラフィー(LC/PDA)や電子イオン化質量分析計付ガスクロマトグラフィー(GC/EI-MS)を用い,検出成分によってさらにトリフルオロ酢酸(TFA)化及びトリメチルシリル(TMS)化による誘導体のGC/EI-MSによる分析を行っている.平成23年度の調査においては,112製品中5製品から麻薬AMT(3-(2-Aminopropyl)indole)及び1製品から麻薬メチロン(2-Methylamino-1-(3,4-methylenedioxyphenyl)propan-1-one)が検出された。違法ドラッグの一部に麻薬が含まれていた実態が明らかになり,違反措置への化学的根拠になった.
 違法ドラッグ,麻薬,AMT,メチロン

  

 医薬部外品製造販売承認審査における試験方法の指摘事例

-染毛剤及び薬用歯みがき類について-

 医薬品研究科では,東京都に製造販売の承認が申請された染毛剤及び薬用歯みがき類について,申請書に記載された「規格及び試験方法」やその実測値の妥当性に関する審査を行っている.審査の際,申請時に提出される試験検体を用いた実地試験を必要に応じて行っている.実地試験では,試験検体の色調の確認,染毛剤の染毛試験, HPLC/PDAによる酸化染料の確認試験,滴定による過ホウ酸ナトリウムの定量試験等を行った.実地試験等に基づき,申請者へ試験方法に関する助言や記載不備の指摘を行った結果,申請書の試験方法が改善された.東京都内は,製造販売業者数が多いことから,今後も多数の承認申請が提出されると見込まれる.本稿では,今後の承認申請に活用するため,指摘した事例及びその解決に向けた対応について報告する.
 医薬部外品,医薬部外品製造販売承認,染毛剤,薬用歯みがき類

 

論文Ⅲ 食品等に関する調査研究

 新たに導入された腸内細菌科菌群試験法の検討

 2011年10月1日に生食用食肉(内臓肉を除く牛肉)の規格基準が新たに施行され,成分規格として「腸内細菌科菌群陰性」が設定された.腸内細菌科菌群は国内で初めて採用された指標菌であることから,規格基準案が示された際に腸内細菌科菌群試験を実務に対応させるために検討するとともに,食肉等を対象として試験を行い,従来の衛生指標菌との検出状況を比較した.

 腸内細菌科菌群試験において,VRBG寒天培地上の集落は菌種や培地メーカーにより色調や形態に差異が認められたため,釣菌する集落の選択には注意が必要であると考えられた.また,ブドウ糖発酵試験では,一般的に使用されるOF培地と同様に,より安価で使いやすいアンドレード半流動培地を用いても明確な判定が可能であった.

 食肉等69検体を供試して衛生指標菌の試験を行った結果,腸内細菌科菌群は65検体(94.2%)で陽性となった.腸内細菌科菌群陽性の65検体中23検体(35.4%)は,糞便系大腸菌群,大腸菌いずれも陰性であった.腸内細菌科菌群陰性の4検体は,他の指標菌も陰性であった.今回の結果から「腸内細菌科菌群陰性」は従来の衛生基準と比較し,より厳しい基準と考えられた. 

 腸内細菌科菌群,Enterobacteriaceae,生食用食肉,衛生指標,糞便系大腸菌群,fecal coliforms,大腸菌,Escherichia coli,バイオレットレッド胆汁ブドウ糖寒天培地,VRBG寒天培地

 

食品中ポリソルベート類の比色定量法およびLC-MSによる確認法の改良 
 乳化剤であるポリソルベート(PS)類の食品中分析法が2008年に通知された.通知法は検査工程数が多く煩雑であることから,前処理法を改良して検査工程数を減らした食品中PS類の定量試験法を作成した.

 PS類は,食品を脱水後抽出溶媒を用い,液々分配操作を省略した方法で抽出し,シリカゲルおよびアルミナ-Bの固相抽出カラムを用いて精製して試料液を作製し,比色法で定量試験を行った.確認試験は,通知法の条件に従ってLC-MSで分析を行った.添加回収試験については,指定添加物であるPS20,60,65,80及び不許可添加物であるPS40,85の合計6成分を個別に10種類の加工食品に添加して定量試験と確認試験を実施した.

 その結果,PS80を食品に0.10 g/kgを添加したときの回収率は52~95 %であり,通知法に示された回収率とほぼ同等の結果が得られた.また,各PS類を添加した10種類の食品から,添加されたPS類をLC-MSクロマトグラム上で確認することができた.

 食品添加物,加工食品,ポリソルベート類,比色法,液体クロマトグラフ質量分析計

 

食品中のメラミンの定量法の検討
 2008年に中国において,メラミンが混入した乳児用粉ミルクを摂取することにより,多数の乳児に死亡を含む健康被害を生じた.2010年にも中国においてメラミン入りの乳飲料が押収されるなど,この問題はまだ終わりを見せていない.このような状況下,当センターにおいてもメラミンの試験法を整備しておくことが必要である.そこで我々は,試料抽出液を固相抽出により精製した後,LC/MS/MSにより測定する方法を用いて食品中のメラミンの分析法を作成し,厚生労働省通知のメラミン試験法の性能基準を指標として妥当性評価を行った.すなわち,厚生労働省通知の分析例に,抽出溶媒量を増やす,試料の種類により水を用いて抽出するなどの変更を加え,さらにその細部を決定することにより分析法を作成した.作成した分析法を日常検査に導入するために,10種類の食品に2濃度のメラミンを添加し,3名の試験者が異なる実験室で5日間分析を行うことにより妥当性評価試験を行い,室内精度,室間精度についても検討した.その結果,おおむね妥当な結果が得られた.
メラミン,分析法,定量法,妥当性評価,食品,LC/MS/MS

 

各種食品のセレウス菌汚染状況と分離菌株の嘔吐毒産生性

 市場に流通する各種食材,加工食品,調理食品等4,977検体を対象に,嘔吐型食中毒の原因物質の一つである嘔吐毒(セレウリド)産生性セレウス菌の汚染状況を調査した.全検体におけるセレウス菌汚染率は10.2%であり,汚染菌数104CFU/g以上の食品群は農産食品,農産加工食品,惣菜,パン類・菓子類,複合調理食品等であった.

 これらの検体から分離された1,436株のセレウス菌のうち880株(61.3%)が澱粉分解(+)株であり,無作為に抽出した311株,および澱粉分解(-)株556株を対象に,セレウリドの産生性を確認するためにHEp-2細胞を用いたバイオアッセイおよびセレウリド合成酵素遺伝子(CRS 遺伝子)の保有状況を調べた.その結果,澱粉分解(+)株はすべてセレウリド非産生であり,CRS遺伝子を保有していなかった.一方,澱粉分解(-)株556株のうち70株がセレウリドを産生し,かつ,CRS遺伝子を保有していた.セレウリド産生株の鞭毛抗原型はG1,G3,G12等であり,嘔吐型食中毒の起因株として報告のある型であった.これらの菌株が検出された食品は,あん・豆乳・腐乳等豆類の加工品5検体,惣菜の煮物・焼き物・蒸し物・炒め物等4検体,調味料等24検体およびその他の食品2検体であった.

セレウス菌,嘔吐毒素,澱粉分解性,セレウリド,セレウリド合成酵素遺伝子,CRS 遺伝子

 

食品中の放射性物質の検査結果(平成23年3月~平成24年3月)

 平成23年3月11日の東日本大震災に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により,放射性物質が環境中に大量に放出される事態となった.厚生労働省は,3月17日,食品中の放射性物質の暫定規制値を設定した.

 食品成分研究科では,食品監視課と連携して都民の食の安全・安心を確保するため,今回の事故に対してただちに食品中の放射性物質の検査体制を整備し,検査需要に対応した.本報は,食品の放射能検査について事故発生直後からの検査結果について報告する.試料は,都内流通農産物(7検体),都内産農畜産物(153検体),牛肉(5検体),放射性物質に汚染された稲わらを供与された疑いのある牛の肉(319検体),製茶(44検体),都内流通食品(286検体)の合計814検体を用いた.検査方法は,液状食品はそのまま,固形食品は包丁で細切したのち,フードプロセッサーなどで均一にして,U-8容器またはV-11容器に秤取し,測定用試料とした.測定は,ゲルマニウム半導体核種分析装置,又はヨウ化ナトリウム(タリウム)シンチレーションスペクトロメーターで行った.その結果,都内流通農産物のうち千葉県産シュンギクから暫定規制値(2,000Bq/kg)を超える放射性ヨウ素(I-131)を検出した.放射性物質に汚染された稲わらを供与された疑いのある牛の肉および製茶から暫定規制値(500Bq/kg)を超える放射性セシウム(Cs-134とCs-137の合算値)を検出した.

放射性物質,核種分析,ヨウ素,セシウム,ゲルマニウム半導体核種分析装置,ヨウ化ナトリウム(タリウム)シンチレーションスペクトロメータ,食品

 

化学物質及び自然毒による食中毒事件例(平成23年)
 平成23年に東京都内で発生した化学物質及び自然毒による食中毒事例のうち,検査によって原因が明らかとなった3例を報告し,今後の食中毒発生防止及び食中毒発生時の迅速な検査の参考に供することとする.1. シイラのソテーを喫食して発赤,発熱などの症状を呈した事例で,ヒスタミンについて,TLCによる定性分析及びHPLCによる定量分析を行った.その結果,シイラ残品から190 mg/100 gのヒスタミンを検出し,ヒスタミンによる食中毒と断定された.2. キノコ料理を喫食して吐き気,嘔吐などの症状を呈した事例で,キノコの鑑定を行った.その結果,残品のキノコは毒キノコであるツキヨタケと判明し,毒キノコによる食中毒と断定された.3. フグの肝臓を含む料理を喫食して口唇のしびれ,頭痛などの症状を呈した事例で,マウス単位法によるフグ毒の検査を行った.その結果,参考品のフグの肝臓から320 MU/gのフグ毒を検出し,フグ毒による食中毒と推定された.
化学性食中毒,シイラ,ヒスタミン,ツキヨタケ,フグ肝臓,フグ毒

 

食品の苦情事例(平成23年度)
 平成23年度に実施した一般食品苦情に関わる検査45件の中から顕著な事例4件を選び報告する.(1)キャンディーをなめていたら,キャンディーの中から黒色異物が出てきた.黒色異物を蛍光X線分析装置で分析した結果,鋭利な角を持つ金属片であった.この金属片はキャンディーの製造過程で混入したものと推察された.(2)漬物から除光液の様な異臭がした.この漬物は,飲食店のテーブルの上に設置された容器に入っていた.この漬物を喫食した子供が腹痛,下痢を起こした.この漬物をガスクロマトグラフ質量分析計で分析したところ,酢酸エチル及びエタノールが検出された.異臭の原因は,酢酸エチルを作りだす酵母の増殖によるものと思われた. (3)病院食の飯粒に緑色異物が付着していた.顕微鏡等で観察した結果,それはアスパラガスの破片であった.緑色異物が飯に付着していた原因は,おかずのアスパラガスをつまんだ箸で飯を食べた時に,箸に付着したアスパラガスの小片が飯粒に付着したものと推察された. (4)市販のレトルトパック入り「牛丼のもと」を飯に乗せて食べようとしたら,輪ゴム様異物が出てきた.赤外分光光度計及び肉種鑑別検査キットによる検査を行った結果,異物は「牛丼のもと」の原料である牛の内臓を細く切ったものであると推察された.
食品苦情,異物混入,金属片,酢酸エチル,シュウ酸カルシウム,肉種鑑別

 

LC/MSを用いた東京都民の食事からのビスフェノールA一日摂取量調査 

 ビスフェノールA(BPA)はヒトへの内分泌かく乱作用を示す可能性があることが懸念されている.今回,2010年および2011年の東京都民の食品からのBPA一日摂取量を調査した.東京都内にある地元の小売店から購入した食品を,2010年および2011年の「東京都民の健康・栄養状況」における「食品群別にみた食品摂取量」により14の食品群に分類し,それぞれのグループごとの食品を通常の食形態に合わせて生のままあるいは調理加工を行い,それらを混合,ホモジナイズし,分析に供した.

 14グループに分類した食品試料中のBPAの定量分析はLC/MSを用いて行った.LC/MSの分析条件は以下のとおりとした.カラム:Cosmosil 5C18-MS-II,移動相:アセトニトリル・0.01%酢酸(4:6),キャピラリー電圧:3.0V,コーン電圧:44V,デソルベーション温度:500℃,コリジョンエネルギー:17V,MRM測定:m/z 227→212.

 各群の食品に添加したBPAの回収率はいずれも70%以上,C.V.値11%以下であった.また,検出限界は4,5,10,11,13群が2 ng/gであり,それ以外の群は1.0 ng/gであった.今回の調査では2010年および2011年のいずれもすべての群からビスフェノールAは検出されなかった. 

ビスフェノールA,一日摂取量,LC/MS,マーケットバスケット方式,食品 

 

食品中のスクラロース分析法におけるカラム溶出液濃縮方法の比較検討 
 スクラロース分析における固相抽出からの溶出液の濃縮操作として4つの方法を用いて,スクラロースの回収率、濃縮操作に要する時間を比較した.本研究では以下の方法 1)アルミブロック恒温槽を用いた窒素気流下での加熱濃縮(60~90℃),2)減圧濃縮(40~80℃),3)水浴による加熱濃縮(60~90℃),4)ホットプレートによる加熱濃縮(180℃)で行った.スクラロースの回収率は,方法1)および方法2)ではいずれの温度においてもほぼ90%以上と良好な回収率が得られた.これらの温度範囲において短時間で濃縮するには方法1)では90℃で43分,方法2)では80℃で6分であった.方法3)の回収率は70℃で70%を下回り,濃縮に210分を要した.濃縮温度を下げると回収率はやや増加したが,濃縮時間も増加した.濃縮温度を上げると濃縮時間は短縮されるが,回収率も減少した.方法4)の回収率は30%を下回った.以上の結果から,方法1)は10~20検体を同時に処理できることから全濃縮時間が短縮されるため,多検体処理に適していると考えられた.また,方法2)は1検体あたりの濃縮時間が最も短いことから,数検体の処理に適していることがわかった.
 食品,スクラロース,濃縮,ヒートブロック恒温槽,エバポレーター,添加回収,HPLC

 

輸入農産物中の残留農薬実態調査(有機リン系農薬及び含窒素系農薬)-平成23年度- 

 平成23年4月から平成24年3月に都内に流通していた輸入農産物63種274作物について,有機リン系農薬及び含窒素系農薬の残留実態調査を行った.有機リン系では殺虫剤13種類が18種39作物から検出された.含窒素系では殺虫剤7種類が11種16作物から,殺菌剤20種類が20種57作物から痕跡(0.01 ppm未満)~0.94 ppmの濃度で検出された.

 未成熟えんどう1作物からクロルピリホス,プロピコナゾールが残留基準値を,さらにイソカルボホスが一律基準値(0.01ppm)を超えて検出された.また,別の未成熟えんどう1作物からジフェノコナゾール,フルシラゾールが一律基準を超えて検出された.このように一つの作物から複数農薬の残留基準値違反が確認される事例もあることから、今後も注意深い監視が必要である.

残留農薬,輸入農産物,有機リン系農薬,含窒素系農薬,殺虫剤,殺菌剤 

 

 輸入農産物中の残留農薬実態調査

(有機塩素系農薬,N-メチルカルバメート系農薬及びその他)-平成23年度-

 平成23年4月から平成24年3月に都内の市場等で購入した輸入農産物63種274作物について,有機塩素系農薬,N-メチルカルバメート系農薬,ピレスロイド系農薬及びその他農薬の残留実態調査を行った.有機塩素系農薬では3種類の殺虫剤及び4種類の殺菌剤が,12種28作物(検出率10%)から検出された.N-メチルカルバメート系農薬で は,2種類の殺虫剤が4種5作物(1.8%)から検出された.ピレスロイド系農薬では,7種類の殺虫剤が17種41作物(15%)から検出された.その他3種類の殺菌剤,1種類の除草剤,1種類の共力剤が検出された.これらの残留量は痕跡(0.01 ppm未満)~2.8 ppmであった.中国産未成熟えんどうからシペルメトリンが食品衛生法の残留基準値を超えて検出されたが,検出量は野菜類の一日平均摂取許容量の約500分の1程度であり,直ちに健康を害する恐れはないと思われる.
 残留農薬,輸入農産物,有機塩素系農薬,N-メチルカルバメート系農薬,ピレスロイド系農薬,殺虫剤,殺菌剤,除草剤,共力剤

 

 国内産野菜・果実類中の残留農薬実態調査 ― 平成23年度 ―
 平成23年4月から平成24年3月に東京都内に流通していた国内産農産物28種58作物について残留農薬実態調査を行った.その結果16種24作物(検出率41%)から殺虫剤及び殺菌剤を合わせて34種類の農薬(有機リン系農薬9種類,有機塩素系農薬4種類,カルバメート系農薬3種類,ピレスロイド系農薬7種類,含窒素系及びその他の農薬11種類)が痕跡(0.01 ppm未満)~2.3 ppm検出された.食品衛生法の残留基準値及び一律基準値(0.01 ppm)を超えたものはなかった.
 残留農薬,国内産農産物,野菜,果実,殺虫剤,殺菌剤,最大残留基準値

 

輸入農産物中残留臭素の実態調査(平成17~23年度) 

 平成17年4月から平成23年3月の6年間に都内で流通する輸入農産物89種983作物について,残留臭素の実態調査を行った.その結果,36種195作物から残留臭素が検出された.穀類および穀類加工品では52作物中30作物ら1~11 ppmの範囲で検出された.果実では704作物中112作物から1~18 ppmの範囲で,果実加工品では177作物中36作物から1~44 ppmの範囲で,豆類では29作物中9作物から1~4 ppmの範囲で,ナッツ類では16作物中3作物から1~114 ppmの範囲で,ホップでは5作物中すべてから5~8 ppmの範囲で検出された.今回の調査で114 ppmと最も高い値であったくるみの残留基準値は200 ppmであり,その他いずれの作物においても残留量が食品衛生法の残留基準値を越えるものはなかった.
 輸入農産物,残留臭素,臭化メチル,くん蒸剤,電子捕獲検出器付ガスクロマトグラフ

 

論文Ⅳ 生活環境に関する調査研究

DNPH誘導体化/HPLC法を用いた空気中アクロレイン定量方法の改良 

 DNPH誘導体化/HPLC法による空気中アクロレインの定量は,回収率が低いために正確な結果を得ることが困難である.回収率低下の一因は,捕集管に空気を採取してから溶出するまでの保存時間が長くなる程,アクロレイン1分子にDNPH1分子が結合した標準的なアクロレイン誘導体の量が減少し,それ以外の誘導体が生成するためと報告されている.

 そこで,本研究では,アクロレインの回収率を改善するために,溶出液にリン酸を加える酸処理法を検討した.対象空気をDNPH誘導体化用捕集管に採取し,アセトニトリルでアクロレイン誘導体を溶出させた後,溶出液1 mLに42.5%リン酸水溶液を0.1 mL添加し,65°Cで15時間反応させ,HPLCで分析した.対照として,DNPH誘導体化法よりもアクロレインの回収率が良好なCNET誘導体化法による測定値を用いた.酸処理の結果,標準的なアクロレイン誘導体のピーク高が増加するとともに,それ以外の誘導体のピーク高が減少した.また,捕集管の保存日数に係わらず,アクロレイン濃度は対照と近い値が得られた.したがって,DNPH誘導体化法によるアクロレイン測定は,溶出液をリン酸で処理することにより,捕集管の保存日数に係わらず,CNET誘導体化法による回収率と同レベルまで改善できることが分かった.

 アクロレイン,DNPH,CNET,リン酸

 

 大気中浮遊粒子の粒径別個数濃度及び金属濃度調査
 大気中浮遊粒子の動態調査を目的として,粒径7 nm~10 µmの粒子を粒径により12区分し,1年間の個数濃度測定及び粒子採取を行った.採取した粒子は,18種の金属成分について粒径別の濃度を測定した.粒子個数濃度の測定結果では,全粒径合計の年間平均値は14,000 個/cm3であり,その75%は粒径が100 nm以下のナノ粒子であった.季節別では,粒子個数濃度は夏期に低く,冬期に高い傾向がみられた.しかし,夏期には日中13時半頃にナノ粒子が増加する日内変動がみられ,その変化が気温やオキシダント濃度と有意な正の相関を示したことから,夏期のナノ粒子増加は光化学スモッグの発生に関連するものと考えられた.粒子中の金属測定は,マイクロウェーブ加熱分解/ICP-MS分析により行った.測定の結果,年間を通して毎月共通の粒径分布を示す金属が多いことが判明し,これらの粒径分布及び毎月の濃度変動より金属相互の関連を解析し,発生源を推定した.その結果,1 µm以上の粒径に分布する金属の多くは主に土壌,1 µm未満の粒子に分布する金属の多くは主にごみ焼却飛灰の寄与が大きいと推察された.検出された金属の年間平均値を粒径に基づいて比較すると,検出される主な金属が粒径により異なっており,粒径1 µm以上の粒子ではFe,Ca,Mg,粒径0.3 µm~0.8 µmの粒子ではK,Ca,Zn,粒径0.2 µm以下の粒子ではCaが主に検出された.
浮遊粒子,ナノ粒子,個数濃度,粒径分布,金属,季節変動,日内変動,電子式低圧インパクター

 

東京都(多摩地区及び島しょ地域)における浴槽水及びプール水等からのレジオネラ属菌検出状況(平成22~23年度)

 東京都におけるレジオネラ症防止対策の一環として,平成22~23年度に多摩地区及び島しょ地域に所在する施設の浴槽水1,547件,プール水466件及びジャグジー水等136件についてレジオネラ属菌の存在状況調査を実施した.10 CFU/100 mL以上のレジオネラ属菌の検出率は,浴槽水で22年度6.4%,23年度4.0%,プール水で1.7%,0.9%,ジャグジー水等で11.8%,8.8%であった.ジャグジー水等では,塩素濃度が基準値の0.4 mg/L以上であっても10 CFU/100 mL以上のレジオネラ属菌が検出された試料が,浴槽水,プール水よりも多かった.レジオネラ属菌検出後に改善作業を行った施設において,作業後の確認検査のため試料116件を採取し,迅速検査法及び培養法による検査を行った.培養法において10 CFU/100 mL以上のレジオネラ属菌を検出した試料は,すべて迅速検査法でも陽性を示した.

 浴槽水及びプール水等におけるレジオネラ属菌検出状況について年次推移を比較すると,都条例の改正とそれを受けて強化された行政指導によってレジオネラ属菌の検出率が大幅に低下しており,都のレジオネラ症防止対策の有効性が明らかとなった.

レジオネラ属菌,レジオネラ症,公衆浴場,浴槽水,プール水,ジャグジー,遊離残留塩素,血清群,迅速検査法  

 

東京都内の冷却塔水におけるレジオネラ属菌の生息実態調査(平成17年~23年度)

 国内でのレジオネラ属菌(以下,レジオネラ)感染事例は浴槽水に起因するものが最も多いが,海外の事例を考慮すると,国内感染事例にも冷却塔水を原因とする感染事例が潜んでいる可能性が考えられる.しかしながら,国内においては,冷却塔水中のレジオネラの菌数についての規制がなく,各施設管理者に委ねられている状態である.このような実態をふまえて平成17~23年度に冷却塔水のレジオネラの生息実態調査を行った.

 冷却塔水688件中290件(42.2%)からレジオネラが検出された.レジオネラ症防止指針の指針値100 CFU/100mLを超えたものが181件(26.3%)あり,最大検出菌数は240,000 CFU /100mL であった.

 分離されたLegionella spp.365株のうち,L.pneumophilaは346株あり,L.pneumophila 1 群209株,7群55 株,5群45株,13群13株の順で多く,浴槽水での検出頻度の高い血清群とは分布が異なっていた.また,L.pneumophila以外の19株中, L.bozemaniiが7株,L.micdadeiが2株,L.rubrilucensが2株同定され,免疫血清反応やPCR法陽性でLegionella sp.と同定されたものは8株であった.

レジオネラ属菌,冷却塔水,血清群

 

都内の特定建築物の冷却塔におけるレジオネラ症の発生防止対策

-レジオネラ属菌の発生状況と冷却塔の維持管理の効果-

 冷却塔に起因するレジオネラ症の発生を防止するため,建築物における衛生的環境の確保に関する法律(以下,建築物衛生法という.)においてその管理基準が規定されている.冷却塔におけるレジオネラ属菌の検査及び維持管理状況の聞き取りを行い,都内の特定建築物で実施している維持管理方法の効果を検討した.全175施設から採取した検体のうち81検体(46.3%)からレジオネラ属菌が検出された.冷却塔の下部水槽の清掃が年1回程度では,検出率は60%以上という高い値であったのに対し,月1回程度では37%であった.洗浄方法を比較すると,化学洗浄及び換水を行っている冷却塔では,検出率は37.5%であり,化学的洗浄のみの場合(50%)よりも低い検出率であった.なお,化学洗浄を行っている冷却塔では,洗浄後は菌数が大幅に低下しており,化学洗浄自体の効果が高いことは確認できた.冷却水系に用いる殺菌剤に着目すると,多機能型は,単一機能型に比べてレジオネラ属菌の検出率が低く,それらを併用する場合には,さらに低くなるという傾向が見られた.これらの調査から,厚生労働省が「建築物における維持管理マニュアル」で示している維持管理方法が重要であることが確認され,冷却水管の化学的洗浄後の換水の実施や冷却水への殺菌剤添加により,より効果的にレジオネラ属菌の発生を抑制できる可能性が示唆された.
冷却塔,冷却水管,レジオネラ属菌,建築物における維持管理マニュアル

 

公衆衛生に関する調査研究

日本における全がんと白血病による死亡の歴史的状況と今後の動向予測

 疾病動向予測システムを用いて悪性新生物(全がん)と白血病の歴史的状況を分析するとともに今後の動向を予測した.

 悪性新生物による死亡者については,日本で最初に人口動態がまとめられた1899年から現在までの情報が利用できる.一方,白血病では1933年からの10年間と1958年以降に限られることがわかった.1899年のがんによる死亡者数は,男子9,780名,女子9,602名であったが,2010年には男子211,435名,女子142,064名と急増している.1933年の白血病による死亡者数は,男子1,032名,女子865名であったが,2010年には男女それぞれ4,860名,3,218名となっている.

 青森の男子と大阪の男女で,他の地域と比較して悪性新生物による死亡が多いことがわかった.また,男女とも九州・沖縄一帯で白血病による死亡がきわめて高いことがわかった.

 2024年における年間死亡者数は全がんで男子20万人弱,女子14万人強,白血病で男子0.5万人,女子0.3万人にのぼるものと予測された.

がん,白血病,死亡者数,年次推移,日本,地域比較,動向予測,人口動態統計,世代マップ

 

論文Ⅵ 精度管理に関する調査研究

平成23年度 東京都水道水質外部精度管理調査結果について-陰イオン及びハロ酢酸-

 東京都では,「東京都水道水質管理計画」に基づき,東京都健康安全研究センターが中心となり,水道事業者及び厚生労働大臣の登録を受けた水道水質検査機関を対象とした外部精度管理を実施している.平成23年度は,陰イオン(硝酸態窒素及び亜硝酸態窒素,フッ素及びその化合物,塩化物イオン)及びハロ酢酸(クロロ酢酸,ジクロロ酢酸,トリクロロ酢酸)について外部精度管理を実施した.陰イオンでは参加45機関のうち,6機関が判定基準外となった.判定基準外となった原因は,分離カラムの劣化,不適切な検量線,不適切なピークの積分操作であった.またその改善策は,分離カラムの交換,適切な濃度範囲の検量線の使用,ピークの積分操作の改善,機材の消耗品管理記録簿の作成,標準液とサンプルについて解析の方法の統一,溶離液の変更であった.ハロ酢酸では参加44機関のうち,4機関が判定基準外となった.判定基準外となった原因は,不適切な検量線,検出感度が悪い状態での分析,検量線作成と試料分析を異なる日に実施していたこと,標準作業書の不備及びその不徹底であった.またその改善策は,ハロ酢酸の成分ごとに濃度範囲を設定した検量線の使用,分離カラムの変更,検量線作成と試料分析の同日実施,標準作業書及び社内検査の内容の見直しであった.
外部精度管理,水道水,硝酸態窒素及び亜硝酸態窒素,フッ素及びその化合物,塩化物イオン,クロロ酢酸,ジクロロ酢酸,トリクロロ酢酸

 

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